気付いてみれば

当たる、というのは、ハズれる、の何倍もの意味を持つ。

人生初、そして、恐らく、人生最後の機会だったのだろう。当たったのだ。

売り場でその一言が発せられて、もう６日経つ。

以後、み○ほ銀行の行員や、見知らぬ慈善団体の代表、相場師などが現れ、私は生き難くなった。

ようやく彼らの尾行をまき、パリに着いたのが４日前。もちろん、乗ったのはエールフランスのファーストクラス、否、ラ・プレミエールだ。

どうも隣の人々と服装が違う。髪形もひどい。持っているアタッシュもリ○ワでは、却って恥の上塗りだ。

機内食は、特注のカレーライス。なに、密かに持ち込んだレトルトを温めてもらっただけだ。

日本人CAが、ワインはいかがですか？と言うので、そんな子供だましの酒は要らん、ウォッカをストレートで頼む、と言い返した。

スニーカーでファーストクラスはダメだな。金ならある。パリに着いたら、てっぺんからつま先までブランド品ととっかえなくちゃ。

なに、クレジットカードは使い放題だ。ここのところの円安で４０００万円ほど損をしたが、み○ほ銀行の口座には無尽蔵の金がある。

俺は、まずシャンゼリゼへ行き、イブサンローランで上から下まで、中から外までを揃え、紹介されたヘアサロンで髪を整えた。

これで、奴らも私だとは気付くまい。もう少しフランス語を勉強すべきだったなと後悔したが、後悔とてそんなことくらいだ。

クリヨンにしようと思ったが、結局値段の高さで選んだホテルリッツパリのスィートルームへ帰り、レスパドンで夕食へ。俺は、”ビーガン、ビーガン”とウエイターに呟いた。すると、”ウィ、ムッシュー”と彼は応え、晩餐は始まった。

それは、シャルル・アンドレ・ジョゼフ・ピエール＝マリ・ド・ゴール大統領が頼んだメニューを再現したものだったと後で聞いた。

私は、肉をナイフとフォークで皿の片隅に追いやり、付け添えの野菜のみをいただいた。やはりワインは一滴も飲まず、デザートも断って夕食を済ませた。

とても美味であった。

とりあえず、家庭教師は辞めることにした。宝くじが当たったら家庭教師辞めるよね、と、生徒にさんざんからかわれていたからだ。

クレイジーホースで、やはりワインは断り、３６年もののスコッチを嗜みながら、将来を考えた。

ビジネスに関するあらゆる興味は失せた。金が金を生むという資本主義には愛想が尽きていたのだ！

したがって、株も買わなかったし、金相場に手を出すこともしなかった。カジノへ行くこともなかった。

どうだろう、これから、豪華客船で南極と北極を含めた世界一周旅行に出かけるというのは。ピースボートだけはお断りだが。

でもなぁ、世界一周というのはありふれた夢だなぁ。くじに当たった者が、ほとんどそう言う。

何より、どんなに派手な世界一周の旅を繰り返しても、俺が少なくとも２５７歳になるまで金は尽きないのだ！

どうしよう、どうすれば金を使いきれるのか？

俺にしては最高級づくしのパリ生活。

しかし、部屋に帰ると運命を変える電話が待っていた。ロビーまで来てくれという。青いドレスを着ています、と。

み○ほ銀行の方ですか？いいえ。どうやって私を見つけたのですか？

来ていただけば分かります、と。

そして、そこにその女性はいた。

開口一番、私は何者でもありません、ただ、あなたの運命を知っている人間です、と言う。

美しい黒髪、迷いは何一つ見せない瞳、意志の強さを示すように結ばれた口元。

何か飲みますか？いいえ、結構です、それよりあなたの行く先が心配です、と。

あなたはまだ気付いていないかも知れませんが、このままでは、あなたは不幸になります。

でも、一つだけ、幸福になれる方法があります。お聞ききになりたいですか？

ええ、私も人生について考えているところです、お聞かせ下さい。

簡単です、今持っている財産を全て捨てることです、それで終わりです。

そんな、せめてお名前くらい教えて欲しい。

神に仕える者とだけお知らせしましょう、期限までまだ１時間もあります、あなたの御決心に期待しますわ。

え、いや、それは・・・あなたにもう一度お会いすることは？

私の知るところではございません、と言い終えると、彼女は、きっと私を睨み、微笑んだ。

気付いてみれば、私は、あり金全ての金額を書いた小切手を彼女に渡していた。夢か現か、自分でも判然としない状態の中で・・・・。



今年も年末ジャンボは下一桁が２枚当たっただけ。６千円の投資で６００円か。わびしいなぁ。

そして、ふと、オセロ中島、いや、まだオセロは存在するのか？ともかくも、中島知子の芸能界カムバックはあるのか？と心配になるのである。

恐ろしや、マインド・コントロール。