まったく4月だというのに雪だった。朝夕は冷え込み、まだストーブが必要だ。

時間がなくてなかなか書けなかったが、日露戦争というのは、火中の栗を拾うで有名な通り、フランス・ロシアVSイギリス・アメリカの対立と支援の下、日本軍が戦わされた戦争であった。

一つの世界大戦だったといっても良いだろう。

この人の日露戦争観は度々批判されているが、司馬遼太郎さんは次のように述べている(『日本人と日本文化』より)。

「日露戦争だけは例外です。これはとても勝てない国で、具体的に戦場が満州という、地理的に浮かぶ場所がちゃんとあって、敵はシベリア鉄道でどのくらい送られてくるかという算術ができますし、相手にたいしてこういう戦術でやれば、六分四分くらいにもっていけるだろうというような読みがあるから、例外的に必死に戦略戦術を考えましたですね。日露戦争こそは日本人にとって珍しい戦争でした。・・・これはくっきりと戦略戦術を造型化しなければだめです。これをやったのは日露戦争だけでしょうね。」

当時は、天皇制ファシズムも、あの暗く狂おしいナショナリズムもなく「日本軍」(英米の支援がなければ戦えなかったので)は、国際法・ヨーロッパスタンダードで戦っていたようである。

「生きて虜囚の辱めを受けず」なんて命令もなかった。

そんなものは第二次世界大戦でも、沖縄戦までで、沖縄戦から捕虜になる日本兵が増えたとドナルド・キーンさんは述べている。

また日露戦争では、ロシアの捕虜となった日本兵が「国際条約によると、将校の捕虜はその国の軍人と同じ食べ物を食べられるはずだ。それなのに私たちはご馳走をもらっていない」などとクレームをつけることもあったらしい。

まるでオリンピックのルールのように勝敗をつけよう、といわんばかりだ。

日本はどこから狂い、15年戦争、太平洋戦争で道を誤ったのか、いつか詳しく調べてみたい。

第9条ではなく、弟96条から改憲しようというのが多数派の欲求のようだが、また日本は少しずつ道を踏み外している。

明日は2人教える。火曜は休日なのでお気楽だ。









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