言葉

2014年2月3日 日常 コメント (6)
今日はお休み。新しく引き受けることになった生徒と会社の間で何かトラブルがあるようで、まだ指導日が決まらないのだ。せっかく月曜を空けているのに。

ともあれ、休みは嬉しい。少し何かを考えたくなる。

で、言葉だが、自分の体験を書きたいと思う。

私は1年半スウェーデンにいたが、スウェーデン語を全く使えない(片言くらいは話せるが)。

私が所属していた研究所は、基本的にスウェーデンの学生は受け入れない、つまり、生徒の95%が外国人という世界だった。

いわゆる第三世界からの学生がほとんどで、国籍は、中国、キューバ、アフリカ、ベトナム、トルコ、そして、不肖、私のみが日本だった。

教授陣も、スウェーデン人に加えて、ブラジル、アイスランド、アメリカ(私の指導教官はアメリカ人だった)と国際色豊かであった。

研究所内の共通語は英語で、世の中には様々な英語があるものだと悟った。

特にアフリカ人の英語は、最初、まったく理解できなかった。彼らは私が英語のできない奴だと思っていた。

キューバ人のスペイン語訛りの英語(よくしゃべる)、中国人のアクセントが激しい英語、ガールフレンドのフランス語訛りの英語、などなど、母語の数だけ英語がある。

半年ほど、学生寮に空きが無かったので、日本に留学していたスウェーデン人のアパートで暮らしていた。

彼と、やはり日本に留学経験があるアメリカ人女性は、研究所で、英語⇔日本語の翻訳ソフトを開発していた。私は何度かチェック役として使われた。

彼と彼女の日本語というものは終ぞ聞いたことがなかった。

さて、その同居スウェーデン人はバンドを組んでおり、そのメンバーがスウェーデン人の友人ということになった。

彼ら彼女らだけではない、もうルンドという大学街の誰もが、実に流暢な英語を話し、スウェーデン語を使う必要性は全くなかった。

こうして、私は、研究所の人々と英語で話し、やはり、スウェーデン人の友人とも英語でコミュニケーションを図ることになった。

研究所で用意されていたスウェーデン語のプログラムはたったの3週間で、こんにちは、ありがとう、さようなら、程度しか学べなかった。

また、専攻していたのはスウェーデン語ではなく、科学技術政策論(教科書、テスト、プレゼン、全て英語)だったため、そのコースワークが非常に厳しく、言葉を学んでいる暇などなかった。

しかし、半年が過ぎた頃、スウェーデン人の友人達から、6ヶ月もいるのに、まだスウェーデン語が話せないの?という「詰問」を受けるようになった。

日本で英語を教えていた(笑)というスウェーデン人の女性は、日本で日本語を使っていたわけでもないのに、ここはスウェーデンなので、スウェーデン語を話すべきだと主張した。

学生寮は何と一戸建ての家で、いわゆる大学寮の隣人というものもいなかった。

スウェーデン語を聞くのはテレビをつけた時くらいで、約800万人しか使わない小言語であるスウェーデン語とは99%縁がなかった。

しかも、800万人の約10%が外国人労働者であった(当時)。

彼らは食べていくためにスウェーデン語を学ばざるを得ず、教育は大学までタダのスウェーデンなので、言語プログラムも無料。

彼らは3ヶ月くらいで、ベーシックなスウェーデン語の検定に合格していた。

そのスウェーデン語検定を受けるために、○ASの日本人エアーアテンダントも1年の休暇をとってルンドにやってきていた。

隣のイラン人の学生が3ヶ月で受かったスウェーデン語検定のために。

彼女は、スウェーデン語ペラペラで、私は、やはり、散々攻撃された。スウェーデンに対して失礼じゃない?と。

17年も○ASに勤めていれば、スウェーデン語の一つくらいマスターして当たり前だろうと思った。悔しければ文学部に入ってスウェーデン語を専攻しろと。

しかし、恋していたので(13歳も年上だったが)口答えできず、3ヶ月のスウェーデン語コースをとった。

結局、また、非常に基本的なコースだった。こんにちは、ありがとう、さようなら、の他に、今何時?と言えるようになったのは大きな進歩だったが。

で、健気に、ヘタクソなスウェーデン語で街の人に話し掛けもしたが、英語でいいよ、と言われた。

ついでに、そのエアアテンダントの元カレが、突然、ルンドに現れ、私はゴミと同じようにフラれたのであった。

いや、フル、フラれるという関係にもなっていなかった。片思い。

これで思い出すのが、関西弁である。京都、大阪を併せると10年くらい関西にいたが、関西人のプライドは高く、私が下手な関西弁を使うと激怒した。

で、結局、まったく関西弁は話せない。しかも、関西ネイティブが非常な速度で関西弁の会話をしている時、私は割って入れないどころか、意味が分からない。

スウェーデンに話を戻せば、1年を過ぎて、私は、相当、スウェーデンに対して幻滅しており、残って研究を続けようという気もなかった。

何せ、日本はバブル経済に浮かれており、就職口がたくさんあったのだ。日本に戻るに限ると思っても不思議はなかった。

で、結局、スウェーデン語は、関西弁と同じ運命をたどったのであった。

この歳になって、どれ、スウェーデン語くらいマスターしたろか、と思うことがある。

おわり













コメント

nassie
2014年2月3日16:04

北欧良いですねえ。今のところオランダが北限で、もうちょっと北に脚を伸ばしたいとずっと思っているんですが。
かみさんが映画好きで、小さな(記録)映画会社にいたりしたことがあって、結婚前、お付き合いしていた頃に、ベルイマンも代表的なのは殆ど見ているはず。その後忙しくなって、一緒に映画を観ることもなってしまいましたが、今少し暇になったので、せめて北欧三国のどこかで良いから足跡を残すくらいの事はしたいと思っています。

lister
2014年2月3日18:13

☆nassieさん

ベルイマンは懐かしいですね。日本で観ましたが、スウェーデンでは観ませんでした。字幕が無くて、スウェーデン語なので(笑)クロサワ好きのスウェーデン人も多かったです。

北欧は夏に限りますね。6~7月にかけて夏は天国です。暑くないし、いつまでも明るいし。人々も、本来暗いのですが、夏は小麦色に日焼けしてハッピーです。

私が居たスウェーデン南部には、知床に白夜がないように、24時間の白夜はないのですが、北極圏を超えると「沈まない太陽」を見ることができます。ずっと昼間というのも辛いなぁなんて思いましたけど。ノルウェーのノールカップが有名です。

それに比べ、あの漆黒の冬を思い出す度に、北欧人の孤独癖はそこに由来すると確信する次第です。南部は、暗い上に雨がしとしとと梅雨のように降りますし。オーロラが目的でなければお避けになった方がよろしいかと存じます。

北欧を訪問された際には、是非、DNでご報告下さい。楽しみにしております。

Yamamayachan
2014年2月3日19:50

スェーデンは、数年前からカミラ・レックバリのエリカ&バトリックのシリーズや、ミレニアム三部作(作者亡くなってしまいましたが)のミステリーが日本で人気ですね。

映画の『ぼくのエリ200歳の少女』も話題になったし、スカパーでスェーデンドラマよく放映されます。

北欧には行ったことがないですが、移民の人が多いという印象を受けます。それがミステリー小説の、テーマになっていたりもしますね。実際にかの国で体験してきたlisterさん。
貴重な経験ですね。

hana
2014年2月4日0:07

listerさん^^

>これで思い出すのが、関西弁である。京都、大阪を併せると10年くらい関西にいたが、関西人のプライドは高く、私が下手な関西弁を使うと激怒した。
>で、結局、まったく関西弁は話せない。しかも、関西ネイティブが非常な速度で関西弁の会話をしている時、私は割って入れないどころか、意味が分からない。


思わずプッツと吹き出しました^^

関西弁も綿密に言えば幾つかありますね、と言っても関西人以外にとってはどれでも同じでしょうが。
私は義妹のご家族が話す東京弁(?)の速さについていけません(笑)
長男は全くの関西弁でお嫁さんは標準語(彼女は帰国子女なので、なのに?とても美しい日本語を話すのです)という組み合わせもあるので(そういえば弟と義妹も同じ組み合わせでしたね)、だからlisterさんも関西弁に苦手意識を持たないで下さいな!!^^

lister
2014年2月4日15:58

☆Yamamayachanさん

たかがスウェーデン、されどスウェーデンですよ。ミステリードラマのみならず、音楽界での活躍には目を見張るものがあります。単なる小国ではない、そこがスウェーデンの凄いところです。

移民は大きくわけて、ヨーロッパ人と非ヨーロッパ人に分けられ、やはり、何と言っても、ヨーロッパの国境を渡ってきた人が多いです。旧ユーゴスラビア、ポーランドなどからの移民は多かったですね。私が居た時は、アフリカ移民の姿はまばらでした。

他のヨーロッパの国と同様、移民排斥を訴える極右政党がスウェーデンにもあり、社会問題になっていますね。

私のスウェーデン滞在は短く、表面的なことしか学び取ってこなかったと思います。もっとディープに付き合えば、スウェーデン人の別の側面も見えてくるのでしょうが。

lister
2014年2月4日16:08

☆hanaさん

標準語と関西弁には、スペイン語とポルトガル語以上の違いがあるように思います。はい、私も、京都弁、大阪弁、神戸弁(?)の違いくらいは分かりますが、その程度です。

同じ日本語ということで、それほどの違いは無いと考えることもできるでしょうが、些細な違いが大きな差となるので、私にとって、関西弁は英語よりも難しいのです。

私の母語は北海道弁で、そのまま関西に行き、それがミックスされた非標準日本語なんですよね。とは言え、父方の祖父母は京都から北海道に渡り、祖父母は田舎の京都弁でした。よって、父の日本語も変で、何だろ、この人?と思っていました(笑)

はいはい、私も関西の女性と付き合っていましたので、言葉が愛を隔てるものではないということを知っています。むしろ、私は関西弁と関西スピリットが好きで、東京にはついていけへんのです。

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