今日はクローン病の通院日で、朝早く採血に行った。血糖値は10ほど上がっていたものの、中性脂肪が劇的に減った。散歩のためだろうか。

さて、昨日までは死刑による死というものを見て来たが、刑務所における絞首刑も、結局は窒息死をもたらすわけで、少なくとも1分以上は苦しむ。

この苦痛を知らない死刑目的の犯罪は甘いと言わざるを得ない。それは死の淵を見るまで誰も経験することができない。

むしろ、もっと問題なのは、自ら生命を絶つ「勇気ある」自殺者だ。

彼らは、国家による刑罰など必要なく、自分の命、つまり、日本人1億2万人の1人の命を奪うのだ。

毎年、だいたい3万人の人が、自殺という人殺しをする。欧米では自殺は法的な罪であると聞いたことがある。

自殺大国日本。これも大きな問題である。

一方、信じられない話かも知れないが、日本では、2011年だけで、餓死(栄養失調による死も含む)する人が2000人以上。

中には知的障がい者もいた。何度福祉事務所を訪れても相手にしてもらえなかった人、また、そもそも、そこを訪れることができなかった人もいる。

秘密保護法の成立の裏で、生活保護法が密かに改悪され、まず身内から借金せよ、という政府の姿勢が顕になった。

また、餓死した人の中には、生活保護を受けるという「屈辱」より死を選んだ人も多いとのこと。これも一種の自殺である。

これが日本という福祉国家の現状である。気付けば隣の家から腐臭がする、気が付けばストリートで人が餓死している。これが日常になった。

いつ死刑志願の人生諦め組によって無差別殺人の標的になるかも知れないという恐怖。

まあ、私の場合、難病に罹った段階で人生を諦めているし、働けなくなったら、生活保護を受けるかも知れない。自殺するなら一人で最も楽な方法を使い逝く。

それは、両親に愛され、恋愛も経験し、一度は正社員として働いたという恵まれた環境にあったからだと思う。

高度成長期という日本にとって、歴史上、最も栄えた時代に育ち、何やら幸福感というものを味わっていた。

日本は変わった。ただ、そうとしか言いようが無い。







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