彼女は話し続けた。

日本に帰ってきたところよ。急いで籍だけ入れたの。彼もかなり真剣になったみたい。

子供できるかな?子供はどうしても欲しいな。できると思う?

う~ん、できるんじゃない。41歳ならぎりぎりセーフだ。

そうかな~。別れる前に付き合っていた時、何もつけないでしていたのに一回も妊娠しなかったの。大丈夫かな~?

K子さん、健康そのものだから。

そうよね。できるよね。

あのね、私、1人でガラパゴスに旅行したの。そしたら、あいつがいて、私に話しかけてきたのよ!失礼よね。そんな女に見えたってことよね。

手も早くて、ホテルに着いたらすぐに言い寄られて・・・軽いやつなんだよね。結構ワルだし。よく図書館の本なんか盗んだりしてたって。

お母さんがシティバンクの副社長とか言ってた。すごいお金持ちでしょ、副社長って。

心配なのは仕事よね。

英会話の教師なんてどうなのかな?

そんな仕事で満足するわけないじゃない!それなら苦労しないのよ。

そっか~、プライド高いんだ?

そんな話に私を巻き込んでどうする気なんだろう?私は部外者だし、人生経験だって豊富じゃないからアドバイスする立場にはない。

その後、度々、同様の電話をかけてきた。彼との、つまりジョナサンとの結婚生活についての不安を私にぶつけてくる。

私に対してはあれだけ厳しく狂おしい態度で接していた彼女が、ただの優しい女に変わり果てている。何年も放っておいた男に女の弱さを全て見せている。

男の気持ちはよく分かる。全く馬鹿な女だ。結婚や妊娠で縛ったって御せないタイプの男なんだ、あいつは。アジア人だと知っての所業なのだ!気付けよ、K子!

それはまた私のグラグラと煮立った嫉妬心であった。ジョナサン、ああ、耳に焼き付いて離れない、あのジョナサンはK子を抱いている。

K子の気持ちを独占し、ただの恋した女に、安心して寝転がり人間に腹を見せている獣のように堕落した女に貶めてしまったのだ!

俺の気持ちも考えてくれ!その俺にジョナサンのことで毎夜電話をかけてくるなんて!

もう電話には出まい。彼女ではない誰かがかけた電話でも決して出ないぞ!鳴り続ける電話。だが俺は出ない。俺にだってプライドはあるんだ!

11日のアジアンナイトは大盛況だった。同時にそれは、両翼をもがれた男のめらめらと燃える嫉妬の炎に油を注ぐ灼熱地獄でもあった。

K子が来ていた。ジョナサンというユダヤ男と。長身に甘いマスク。とても俺には太刀打ちできない。K子が惚れるのもよく分かる。

そのジョナサンが俺に近づいてくる。一体何の用だろう?

lister?僕、ジョナサン。これK子が日本で買ってきたって。Nori?海苔だって。値段は自分で決めていいって。

(は?俺そんなこと頼んでいないし・・・大体、彼女を招きもしなかったんだ)

君がジョナサン?OK、じゃ、5クローナでいいかな。

いいと思う。K子に届けるね。

しばらくすると、また、ジョナサンがやってきた。

これK子から。Waribashiだって。

いいよ、じゃ3クローネ。

OK、じゃケイに渡すよ。

これが何回か続いた。もう一回、日本食パーティーを開けるくらいの食材が揃った。

アジアンナイトはバンドのライブになり、ダンスパーティーの時間。私は金勘定も終わり、受付はザンビアの友人に任せて、ようやくリラックスしていた。

周りがlisterも踊りなさい、ほらこの娘と一緒に!と、眼鏡が知的なスウェーデン女性を指差す。私は仕方なしに踊り始めた。

その娘の肩の向こうにK子がジョナサンと踊っている。6歳年下のジョナサンが完璧にK子をリードしている。

甘く気だるく潤んだ目でK子はステップを踏む。一つのラブワールドがそこにあった。

俺は敗れたのだ。俺は3ヶ月間の試食の後、返品された男なのだ。K子は私の方を指差しジョナサンに何か言うとキスを始めた!

て、ってめ~!そこまでやるか!

妄想は膨らむ。彼女は、私という人間を利用して、彼の関心を惹きつけようとしていたのではないか。

彼女にベタ惚れの日本人男がいる。今度浮気したら一緒になる男くらいいるのよ、というアピールだろうか。

私は競られずに市場に残った腐れ魚のような表情で、踊りの相手をしてくれたスウェーデン女性に礼を言って持ち場へ戻った。

スウェーデン女性というと日本人が先ず目に浮かべる、そういう女の子だった。K子なんかに執着せず、彼女と付き合っていればよかった・・・

タバコを嫌うK子のためにと思って3ヶ月禁煙していた。会場の外に出た私は、隣で一服していた男性から一本もらい、煙を肺の奥まで奥まで吸い込み、嘆息と共に吐き出した。

カップルがいる。高いヒールを履いたK子とジョナサンだ。ぴったり寄り添ってキスをしながら去っていく。

一瞬K子が振り向いた。するとバイバイしながらくすくす笑った。

朝の5時頃、床に寝転がって酔っているアフリカ人を追い出し、中国人の先輩リンと一緒に掃除機をかけ、ゴミ集め、そして床磨きをした。

リンは、クリスマスはどうするの?と訊ねた。よかったら僕らのパーティーに来ないか?と。

ありがとう、そうするよ。

帰宅しても私は一切電話には出なかった。出られなかったのである。電話線を抜いていたからである。

クリスマスイブ、私はリンから教えてもらった会場へ向かった。大きな会場だ。

ドアを開けると100人近い男女が正装で社交ダンスを踊っている。その光景にしばし圧倒された。黒とピンクのコマが100個、一寸もぶれずに回転を続ける・・・

すぐにリン夫妻がやってきて、listerも踊れよと。私は社交ダンスをしたことなどない。

大丈夫だよ、この娘が相手をするから教えてもらえ。ほら。

若く美しい中国人女性だった。ここにいる中国人女性が全て既婚者であることが唯一の問題点に思えるほどに。

ステップはもうすっかり忘れたが、私は彼女の足を踏むことなく踊った。5分前まで落ち込んでいたのに。

その時、同じ教室のカーリンが近づいてきた。中国人とスウェーデン人のハーフである。

lister、泊まっていってもいい?

え?

一緒に帰ろ。

アパートに戻ると、カーリンは、お酒ない?と。

スウェーデン製のアブソリュートウォッカがあった。

じゃ、飲む?

カーリンはウォッカのグラスを次々と空にしていく。すると服を脱ぎ始めた。

私は慌ててガウンを着せ、"Sorry, Karin. I’m not in the mood. You’re attractive, but I’m a brand-new Mr.Broken Heart."と。

(カーリン、ごめん。そういう気分じゃないんだ。君は魅力的だけど、失恋中でね)

しばらくして、カーリンはベッドに横たわり、"Tell me the story. About that Japanese girl? OK, but later. I want to sleep a little bit. I’ll sleep NOT with you tonight, hah? "

(その話をして。あの日本人の女の子について?でも後でね。少し眠りたいわ。今夜はあなたと寝るわけじゃないけど、ね)

クリスマス当日の昼頃、私たちはベッドの上に横たわり、メリーポピンズを観ていた。やっぱりクリスマスはメリーポピンズよね~。はあ。

その時、ドアをノックする者が。

アフリカ人の同僚だった。なんだ、カーリンと一緒か。いや、俺たちね、Keikoのところでクリスマスパーティーやってさ、預かり物を持ってきたんだよ。

見ると、アイヌ民族に関する本が5~6冊。そういえば貸していた。

Keikoってすごい美人だよね。アメリカ人と結婚するってね。イタリアの小さな教会で式を挙げるから俺たちのことは呼べないって。

もうすぐ日本に帰るのでガレージセールをやっていてさ。こんなに買ってきたよ。lister、Keikoと付き合っていなかった?あ、ごめん。じゃ、カーリン、ヘイドー(さようなら)!

一番下に見慣れない本があった。

渡部昇一『知的生活の方法』 

ふざけんな!

それ以降、K子とは全く音信がない。死んでいるかも知れない。そして、ジョナサンとは恐らく別れていると思うのだ。


先日、フライデーで全日空の現役CAが脱いだ。 咲アンナという。ANA(全日空)からアンナという芸名をつけたのだろう。ふざけている。

咲アンナは4本のイメージDVD(フルヌード)と写真集を一冊出している。私はK子のことを思い出し、何だ、CAって空飛ぶウエイトレスだな!と罵りの声をあげた。

今こそ復讐の時だ、狼煙は上がった!

DVDを全部買ったのは言うまでもない。そして喜劇は起きたのである。

オンライン決済専用のクレジットカードを作ったことは以前書いたが、それを使う前提として、支払う額をJNBの口座へ振り込んでおく必要がある。

私は現在すっからかんであり、母親のカードを使わせてもらうことにした。

すると、ビデオ屋から電話があり、おかしい、こんな高齢の女性が咲アンナの『アテンションプリーズ』などを注文するわけがない、もう一度確認の電話をする、出ない場合は注文を取り消すという留守電が入っていた。

本人確認をしなければならないので、事情を母親に話し、電話を入れてもらった。

listerでございます、お電話の件ですが、私に間違いございません。

あ、これは失礼しました。てっきりlister様のカードが悪用されたものと思いまして・・・

その件ですが、承知しておりますので問題ございません。

はい分かりました。商品は問題なく発送しますので、お待ち下さい(汗;

今日はお休み。年越しの金に困った私は咲アンナのDVDを4本、新品のままオークションに出品した。彼女の作品はかなり高額で売れている。

この長文を書き、そしてDVDを売りに出し、私はようやく恋のトラウマから抜け出したようだ。

いや、そんなわけがない。

咲アンナは全日空を解雇された。男がCAに抱くファンタジーとは何なんだろ?








コメント

zalad
2014年12月14日0:04

全部読ませて頂きました
とても面白かったです

こういうトラウマは一度与えられてしまうとなかなか克服しにくいですよね
僕はまだありませんが、もし機会があれば気を付けたいと思います

lister
2014年12月14日7:39

☆zaladさん

お付き合いいただいてありがとうございます。何たる長文!自分でも呆れます。

今まで心に突き刺さっていたトラウマを払拭しようと思って書いたのですが、却ってトラウマが酷くなりました。

こういう経験はなさらぬよう願っております。

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