暴風雪 容赦ない自然の掟
2015年3月10日 日常糖尿病の検査はtoo good to be true、出来すぎだった。昨年11月から比べると体重が5キロ減って、血糖値(ヘモグロビンa1c)は9.9から7.4へ順調に下がっている。
栄養管理士から褒めちぎられ、医者も、この調子で努力を続けてくださいね、大変良い数値です、それに総コレストロール値が・・・とは(失念)素晴らしい、何をしたんですか?と質問まで受けた。
要因は3つあると思う。一つは、糖尿病食に慣れて習慣になったこと。
二つ目は、空腹状態になるとカロリーゼロのこんにゃくゼリーを食べるようにしたこと。
そして最後が、今年のモンスター気候により、除雪の回数が、特に2月、3月と半端ではなかったことだろう。除雪とは重労働であり、肉体を酷使する。
今日は、病院から帰ろうとすると大雪になっており、2速(マニュアルシフトの下から2番目)以上では走れない。
いつもは20分しかかからない道をたっぷり1時間以上かけて、何とか自宅前までたどり着いた。
しかし、それは大問題なのである。駐車スペースに乗り上げることができず、道路わきで止ってしまったのだ。
市役所に電話すると、1時間後には除雪車が入るという。何とか路上から愛車を玄関前まで引き上げないと除雪車がストップしてしまう。
実は今朝、雪ではなく、雨だった。それで安心していたら、その上に雪が降ったわけだ。
雪は霙(みぞれ)状態になっており、重たいことこの上ない。うんうん唸りながら少しずつ雪を「移動」させる。
周りは雪だらけであり、除雪するとは、少しでも雪の少ない所へ新しい雪を移動させることに他ならず、除雪という言葉のイメージとはかなり違う。
こうして玄関前と愛車の周りの雪を1時間くらいかけて移動させた。車はバックと前方突進を繰り返し、何とか玄関前につけることができた。
こうした作業中、私が思い浮かべたのは、原初状態だった。
つまり、生存権とか福祉がなかったころの社会では、人間はまさに自然状態、原始の自然状態に置かれていた。
ちょっと風邪気味だから、とか、ちょっとお腹が痛いから、なんて都合はおかまいなしに、雪は降り積もる。
どんな体調であろうと、除雪できなければライフラインを確保できず、陸の孤島で孤立する。
最近は除雪機を持っているご近所さんが多くなったが、私は、便利は不便を生み出すだけだと思っているので購入しない。買えないのではない、買わないのだ。本当だ。
弱肉強食の始原状態では、草食動物は草食動物に生まれついたがため、ただそれだけの理由により、肉食動物の餌食となることを運命づけられている。
いやいや、肉食動物だって、病気や怪我で狩ができなければ、餓死を待つだけだ。こちらの方が悲哀を感じる。
こうした状態に社会を戻そうという考えがある。
大雪に暴風が吹き荒れる当地では、このような原始状態が容赦なく牙をむく。だからこそ、人間だけが為しえる福祉社会の有り難味を感じることができる。
いや、歴史の針を元に戻そうとする連中は、こうした原初状態の厳しさを知らない人間なのだと思う。
多くの自動車が雪道に自由を奪われる暴風雪の日に聞く救急車のサイレンほど虚しく残酷なものはない。
ともあれ、急いで排雪したのに、まだ除雪車はやって来ない。食糧の備蓄がなければ、最悪、雪に呑まれた救急車の中の患者の気持ちを味わうことになる。
栄養管理士から褒めちぎられ、医者も、この調子で努力を続けてくださいね、大変良い数値です、それに総コレストロール値が・・・とは(失念)素晴らしい、何をしたんですか?と質問まで受けた。
要因は3つあると思う。一つは、糖尿病食に慣れて習慣になったこと。
二つ目は、空腹状態になるとカロリーゼロのこんにゃくゼリーを食べるようにしたこと。
そして最後が、今年のモンスター気候により、除雪の回数が、特に2月、3月と半端ではなかったことだろう。除雪とは重労働であり、肉体を酷使する。
今日は、病院から帰ろうとすると大雪になっており、2速(マニュアルシフトの下から2番目)以上では走れない。
いつもは20分しかかからない道をたっぷり1時間以上かけて、何とか自宅前までたどり着いた。
しかし、それは大問題なのである。駐車スペースに乗り上げることができず、道路わきで止ってしまったのだ。
市役所に電話すると、1時間後には除雪車が入るという。何とか路上から愛車を玄関前まで引き上げないと除雪車がストップしてしまう。
実は今朝、雪ではなく、雨だった。それで安心していたら、その上に雪が降ったわけだ。
雪は霙(みぞれ)状態になっており、重たいことこの上ない。うんうん唸りながら少しずつ雪を「移動」させる。
周りは雪だらけであり、除雪するとは、少しでも雪の少ない所へ新しい雪を移動させることに他ならず、除雪という言葉のイメージとはかなり違う。
こうして玄関前と愛車の周りの雪を1時間くらいかけて移動させた。車はバックと前方突進を繰り返し、何とか玄関前につけることができた。
こうした作業中、私が思い浮かべたのは、原初状態だった。
つまり、生存権とか福祉がなかったころの社会では、人間はまさに自然状態、原始の自然状態に置かれていた。
ちょっと風邪気味だから、とか、ちょっとお腹が痛いから、なんて都合はおかまいなしに、雪は降り積もる。
どんな体調であろうと、除雪できなければライフラインを確保できず、陸の孤島で孤立する。
最近は除雪機を持っているご近所さんが多くなったが、私は、便利は不便を生み出すだけだと思っているので購入しない。買えないのではない、買わないのだ。本当だ。
弱肉強食の始原状態では、草食動物は草食動物に生まれついたがため、ただそれだけの理由により、肉食動物の餌食となることを運命づけられている。
いやいや、肉食動物だって、病気や怪我で狩ができなければ、餓死を待つだけだ。こちらの方が悲哀を感じる。
こうした状態に社会を戻そうという考えがある。
大雪に暴風が吹き荒れる当地では、このような原始状態が容赦なく牙をむく。だからこそ、人間だけが為しえる福祉社会の有り難味を感じることができる。
いや、歴史の針を元に戻そうとする連中は、こうした原初状態の厳しさを知らない人間なのだと思う。
多くの自動車が雪道に自由を奪われる暴風雪の日に聞く救急車のサイレンほど虚しく残酷なものはない。
ともあれ、急いで排雪したのに、まだ除雪車はやって来ない。食糧の備蓄がなければ、最悪、雪に呑まれた救急車の中の患者の気持ちを味わうことになる。
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