読むべき本はたくさんあり、買った順、借りた順に読まねばならないが、川端康成『眠れる美女』というタイトルは深い海溝のように記憶されていた。

江口老人は齢67。だが、まだ男を失っていない。木賀老人から紹介され、崖淵の海岸に建つ館へ。

そこでは、睡眠薬あるいは劇薬で眠らされた美女、いや少女に近い生娘と添い寝することができる。

男性機能を失った古老が相手だからこそ成り立つ商売である。口に指など入れるなんてこともいけませんよ、と女将に諭される。

江口は、他の老人とは違い「まだ現役だ、ここの禁制を破るかもな」と密かな優越感と女将の侮蔑に対する憤りを胸に抱く。

枕元には睡眠薬が2錠置かれており、客もそれを飲んで眠ることになっている。

眠っている娘は一糸まとわず、ただ布団をかけているだけだ。何をしても目覚めることはない。

江口老人は、そのからだの輪郭を手で足でなぞり、口に指を差し込んで娘の歯の上を滑らせ、八重歯があろうものなら親指と人差し指で摘みさえする。

ここの睡眠薬は確かによく効く。悪夢に魘されることもあり、また甘くエロティックな眠りに落ちることもある。

他の老人と同様、江口老人はこの愉快に魅せられ、何度もここへ通うことになる。

重要なファクターが匂いだ。最初、江口は娘の胸から乳の匂いが漂うという幻想を経験する。乳飲み子の孫から移った乳臭さを嫌った愛人の顔が脳裡に浮かぶ。

髪の匂い、脇の匂い、口の匂い、肌の匂い、汗の匂い、そういった諸々の匂いが江口老人の過去を蘇らせる。

蘇るのはやはり女の思い出だ。実の娘の、駆け落ちした恋人の、妖女の、不倫相手の、数えればきりがない、それまでの人生で出会った女達が夢うつつの意識に、しかし鮮明に蘇る。

最初の女は誰だったか。自問すると現れたのは臨終間際の母であった。

若くして結核を病み、大きく吐血して息絶えた。骨格が浮き彫りになるほど痩せこけた母の乳房を摩ると大海のように血が溜まっている。

生涯、美少女を愛したと言われる川端康成による妖気じみたエロスの探求。

私は、文字によって、文章によって、ここまでの興奮を覚え、そしてシラけたことはない。

最後は、若い娘たちの匂いたつ生気とは対照的な二つの死によって物語は閉じる。

今日は1人教える。

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