結局そういうことなのだろう。休日というのは労働日に備えて気力体力を充電する日だと。これ即ち労働力の再生産。

砂を噛むような言葉。こういう言葉は大嫌いだ。人間はバッテリーではない。

その日その日、季節の移ろいを感じ、人情に触れ、景観を愛で、泣いたり笑ったりしながら、この言葉よりずっと複雑で豊かな時間を過ごしている。

働くか、働かないかということは二次的だ。

そうなのだが、明日が土曜日であることを意識すると、もういけない。この金曜という忌々しい日が早く終わって欲しいという一念に取り憑かれる。

何だか忙しくて、まだ給与が振り込まれたかどうか銀行口座をチェックしてもいない。PCで調べることもできるのだが億劫だ。明日できることは明日。

庭の木が伸び放題で電線に引っかかったりお隣の土地にまで広がっている。業者に剪定をたのまなくてはならない。

洗濯機が壊れて、いつも水浸し。新しいのを買わなくては。

こうして金は次々と羽を生やす。稼ぐために働く。毎日が労働か労働力の再生産かの二者択一になっていく。

更には労働が土曜日にまで侵食してくる。

幼いときに授業で覚えたこうした概念はなかなか忘れられない。労働か労働力の再生か。

今日は2人教える。帰宅は午後10時ころ。

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